|
「大きな仕事を成し遂げる為の最も重要な要素はチームワーク。各個人の能力は限られるが、それがチームとして機能する事で想像以上の結果を成し遂げられる」
|
倉林 陽
ディレクター
倉林は東京オフィスのディレクターとして、日本でのベンチャーキャピタル投資業務に注力しています。またGlobespanの投資先のアジア進出の支援も行っています。過去多くの起業家の支援を行ってきた倉林はベンチャーキャピタル投資、及び投資先企業のアジアでの事業開発の実績をGlobespanに持ち込みました。
Globespanに入社前、倉林は三井物産に勤務し主にハイテク分野でのベンチャーキャピタル業務において活躍しました。倉林はシリコンバレーに設立されたMitsui & Co. Technology Investment Groupの共同設立者及びディレクターとして米国駐在し、ベンチャーキャピタル投資、プライベートエクイティ投資の戦略立案、投資実行を担当すると共に投資先企業の日本展開を支援しました。当時の投資先の一つにはGlobespan投資先でもあるLuidia社があり、倉林は同社に投資を実行し取締役会オブザーバーとして経営に関与しました。米国に駐在する前は東京の情報産業本部の投資事業開発チームに所属し、本部横断的に数多くの投資案件に関与しました。
倉林は三井物産勤務時からGlobespanとの関係が深く、三井物産からGlobespanの4号ファンド、5号ファンドへのファンド出資の担当者としてGlobespanの投資先と三井物産グループの提携を推進しました。また、倉林はGlobespanが提供するTechnology Rotation Programの第一号の研修生としてGlobespanでトレーニングを受けた経緯もあります。
三井物産入社前、倉林は富士通株式会社の経営企画室にて勤務し、主にコーポレートベンチャーキャピタル業務担当としてスピンオフベンチャー企業の創出支援、及び投資先の管理、育成業務を担当しました。当時倉林は富士通が出資していた米国ベンチャーキャピタルであるWalden Internationalの東京オフィスに派遣され、富士通との共同投資の推進に従事しました。それ以前には国内最大のISPであるニフティの戦略立案業務にも携わりました。
倉林は富士通でNTTドコモ向けの携帯電話の基地局システムの担当営業としてキャリアをスタートさせました。当時担当したPDCPシステムは世界初のインターネット携帯電話であるiモードのインフラとなり全国展開され大成功を収めました。同時に倉林はNTTドコモ向けのコールセンターやCRMシステムの販売、全国展開も担当しました。
当時倉林は基地局システム構築の為のコンピューターや通信機器の設置や部品の確認を行うため日本中のNTTドコモの基地局を訪問し、トラック業者や工事会社と共に汗をかきました。自らヘルメットを被り重いラックを運んだ事もあります。この時に自分個人の成果でなく、チームとしての成果を重視する事の重要性を学びました。何故ならiモードのような革新的なサービスでさえ、それを支える多くの人の地道で正確な努力と作業があってこそ成り立っているという事実を身をもって感じたからです。
また、倉林は東京のゴールドマンサックス証券の投資銀行本部での勤務経験もあります。
倉林は同志社大学の商学部を卒業し、またペンシルバニア大学のウォートンスクール経営大学院でMBAを取得しFinanceとEntrepreneurial Managementの両方を専攻しました。
同志社大学時代は体育会バレーボール部に所属し、ウィングスパイカーのレギュラーとして活躍しました。倉林はあらゆるスポーツが好きで、野球やバレーボールの他、ゴルフを最近始めたところです。 |